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高知地方裁判所 昭和29年(ワ)414号 判決

主文

一、被告は、原告に対し、金二十二万九千三百七十円を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、原告において金七万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

(省略)

理由

昭和二八年一月七日、原告と被告とが、訴外橿尾柳の媒酌により結婚式を挙げ、以後事実上の夫婦として被告方で同棲していたことは当事者間に争いがない。

そこで原被告のうちいずれが右婚姻予約を破棄したかについて判断する。

成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証並びに、証人武内久喜、西原延命、浜田護、浜田国開および原告本人の各供述によると、次の事実が認められる。

原被告同棲後、昭和二八年七月上旬頃、原告の首のところに湿疹ができはじめたので、二、三の医師に診察をうけたが、翌二九年に入ると全身に拡がりますますひどくなるばかりであつた。そこで原被告の話し合いの上、原告は同年三月三日実家に帰つて高知市の猿田医師について治療を受けることになつたがその経過は良好で、同月二八日には右医師から、ほとんどよくなつたから一週間おきに来院するようにと言われ、原告は被告家に帰る日を一日も早くと待ち望んでいた。ところが、同年四月一日原被告の媒酌人訴外橿尾柳が被告の使者として原告の実家を訪れ、原告と原告の兄訴外浜田護とに対し、「原告の皮膚病は一度直つても再発するから、そのために農業をやつてもらえないと被告家も困る。原告はまだ若いから今のうちに別れたら。」と暗に離別を申し出、これは被告家の家内中の協議した結果の話であると云つたので、原告は大いに驚き、同月六日被告を呼び寄せてその真意を確かめたところ、被告は、「原告の病気は再発するもので、これでは農業はできない。子供ができたあとで別れると、お互いにますます不幸になるから今別れた方がよい。原告の病気のため近所の人にも嫌われてふろの貸し借りもできない。」といつて原告を離別する意思を明らかに示した。そこで原告の父訴外浜田国開、原告の兄前記護、原告の叔父訴外武内久喜、同西原延命らが、被告に再考を求め、どうしても別れる気なら義理人情ある措置を取れ(相当の手切れ金を出せという意味)と要求したので、被告は十日以内に確答することを約して帰つた。翌七日被告の父訴外森田栄耕、被告の母訴外森田重美、および前記橿尾柳が原告家を訪れ、原告の父兄に対し、「橿尾および被告の話したことは、原告を離別するという意味ではなかつた。あなた方がその内容を誤解している。」という趣旨のことを申し入れたが、原告の父兄は、その前日被告本人が明らかに原告を離別する意向を示し、しかも確答を十日以内にすることになつている事実に徴して、被告の両親の訪問は、結局本件婚姻予約を原告の方から破棄したという形式を取らせるためになされたものであると考え、被告の両親の右申し入れを余り真剣に扱わず、被告の確答を待つと云つて、その日は物別れになつた。そして同月一四日付および同月三〇日付内容証明郵便で、被告から原告の父に対し、原告の持参物の引き取りを要求し、同年五月七日原告の持参物を原告家に送りつけた。以上。

右認定事実によると、結局本件婚姻予約を破棄したのは被告であつて、被告が昭和二九年四月一四日附内容証明郵便によつて、原告の持参物の引き取りを要求したことは、確定的に本件婚姻予約を破棄するという意思表示をしたことにほかならないから、右書面が原告家に到達したときに、原被告の事実上の婚姻は破棄されたものと認められる。

証人橿尾柳、森田栄耕、森田重美および被告本人は、訴外橿尾柳が四月一日に原告家を訪れたのは、原告を離別するという申し出をしに行つたのではなく、原告の両親に対し、原告の湿疹についてもつと関心を持ち、右湿疹を一日も早く直すよう協力してくれということを頼みに云つた旨供述しているが、右供述は前記認定事実に照らし、右の趣旨のようなことなら、わざわざ媒酌人を通じて申し入れるほどの事ではないと認められるので、右各証人および被告本人の右供述は信用できない。また被告本人は、同月六日同人が原告の実家に行つたときは、原告を離別すると言つた覚えはなく、かえつて原告の父兄から、原告を帰さぬ、荷物を送れ、と要求された旨供述しているが、前記認定の基礎となつた前掲各証拠資料に照らして信用できない。その他前記認定事実に対する証人橿尾柳、森田栄耕、森田重美および被告本人の各供述は信用しない。他に前記認定を動かすに足る証拠はない。

そこで次に、被告が本件婚姻予約を破棄するについて正当な事由があるかについて判断する。被告は前認定のとおり、原告を離別する理由として、原告の湿疹は一度直つても、再発するから農業はできない、また原告の右湿疹のため近所の人に嫌われて、ふろの貸し借りもできないという事実を挙げているが、仮りに右事実を認められるとしても、原被告の本件婚姻予約を破棄するに足る正当事由とは認められないばかりか、かえつて証人浜田護、浜田国開および原告本人の各供述によると、原告は、被告と同棲するまで健康で、家業の農業の手伝いも一人前にやつていたが、湿疹にかかつたことはなかつたこと並びに、原告の湿疹もすでに全治して農耕をするのになんら支障もなくまた日光に当つたり汗を出しても右湿疹は再発しないことが認められるから、結局被告は本件婚姻予約を正当の事由なくして破棄したものというべきである。

そうであるなら、被告は、原告に対し、右婚姻予約不履行によつて原告の蒙つた有形無形の損害を賠償すべき義務がある。

そこで進んで原告の受けた損害並びにその額について判断する。

被告の右婚姻予約不履行によつて、原告が多大の精神的苦痛をうけたことは、容易にうかがうことができるから、被告は原告に対し、右の苦痛を慰藉する義務がある。そこで当事者間に争いない被告が山林一町歩を所有している事実に証人森田栄耕森田重美、小松重晴および原被告双方本人の供述によつて認められる、原被告の各年令、学歴、結婚前歴、並びに被告の家は相当の農家で、被告は父名義の田一町四、五反、畑二、三反を父と共に耕作している事実、前認内縁関係の破棄事由、およびその他本件弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌するときは、原告の前記精神的苦痛に対する慰藉料は金十五万円をもつて相当と認める。

次に証人岡崎春喜の証言によつて成立の認められる甲第一号証、証人武〓博の証言によつて成立の認められる甲第二号証の一、および証人浜田国開、武〓博の証言によつて成立の認められる甲第二号証の二によると、原告は、被告と婚姻予約をするに際し、挙式のため結髪料一万円、酒代一万三千五百円、肴代三万五千円合計金五万八千五百円を費していることが認められるから、被告は、原告に対し、右金員を賠償すべき義務がある。原告は、このほか結婚費用としてさらに四万五千円を費したと主張しているが、これを認めるに足る証拠はない。他に右認定を動かす証拠もない。

次に証人宮部照の証言によつて成立の認められる甲第三号証並びに証人浜田国開および原告本人の各供述によると、原告は前記湿疹の治療費として、金一万四千六百円を支出したことが認められ、さらに、証人藤沢喜久治の証言によつて成立の認められる甲第四号証の一、二、三、四、並びに証人浜田護、浜田国開、証人藤沢喜久治および原告本人の各供述によると、原告は昭和二九年四月頃、すでに被告との同棲の結果として妊娠していたが被告との事実上の婚姻が破棄される直前の同月十日急性腎臓炎のため妊娠四ケ月の妊娠中絶手術をうけ、手術代、入院代注射代等合計金六千二百七十円を、同月一五日から二五日までの間に支出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そして右湿疹治療費については、証人森田栄耕、森田重美、並びに被告本人の各供述を綜合すると、右治療費は被告において支出するという話し合いが、原被告間にできていたことが認められ、また右妊娠中絶費用については、たとえ、原被告の内縁関係破棄後に支出されたものであつても、これは右内縁関係存続中に発生した事由に基くものであり、右内縁関係と因果関係があるから、婚姻から生ずる費用の負担について規定した民法第七六〇条に準じて、原被告の各能力に応じて分担されなければならないと解するが、特別の事情について被告の主張、立証のない本件では、わが国の実情にかんがみ、夫である被告が全部負担すべきものと解するので、被告は、原告に対し、右諸費用を支払う義務がある。右認定をくつがえすに足る証拠はない。

そうであるなら結局、被告は、原告に対し、前記慰藉料金十五万円、結婚費用金五万八千五百円、湿疹治療費金一万四千六百円、および妊娠中絶費金六千二百七十円、合計金二十二万九千三百七十円を支払う義務がある。よつて、原告の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美)

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